『今際の国のアリス』5巻は、ビーチ編の空気が一気に変わる重要な巻です。
それまで「トランプを集めれば元の世界に戻れるかもしれない」という希望を掲げていたビーチですが、5巻ではその楽園のような場所が、内側から崩れていきます。
しかも始まるげぇむは、絵札を除けば最難関ともいえる「ハートの10」。内容は「まじょがり」です。
友人を失って抜け殻のようになっていたアリスは、この巻でもまだ深い絶望の中にいます。カルベとチョータを失った痛みは、簡単に消えるものではありません。
ただ、5巻のアリスはただ落ち込んでいるだけでは終わりません。
ウサギが動き、アンが動き、クイナが動き、ビーチの中でそれぞれの人間性がむき出しになっていく中で、アリスもまた「生きること」にもう一度向き合っていきます。
この記事では、『今際の国のアリス(5巻)』の本編「まじょがり」と、特別編「あんけぇと」のあらすじ、読んで感じた見どころをネタバレありでまとめていきます。
まだ読んでいない方は、先に本編を読んでから戻ってくると、より楽しめるかなと思います。
『今際の国のアリス(5巻)』はどんな巻?
5巻の中心になるのは、ビーチ内で始まる「ハートの10」です。
ここまでのビーチは、危うさを抱えながらも、プレイヤーたちにとって一種の避難場所のように描かれていました。
もちろん、ボーシヤを頂点とした支配構造や、アグニたち武闘派の存在など、不穏な要素はずっとありました。
それでも「ここにいれば何とかなるかもしれない」と思わせる雰囲気はあったんですよね。
しかし5巻では、その安心感が完全に壊れます。
外から敵が攻めてくるのではなく、ビーチの住人同士が疑い合い、傷つけ合い、殺し合う展開になっていくからです。
この「外の敵ではなく、内側から崩れていく怖さ」が5巻の大きな魅力であり、同時にかなりしんどいところでもあります。
前巻までの流れを忘れている方は、先に3巻あたりのアリスの転機を振り返っておくと、5巻でのアリスの苦しさがより伝わりやすいです。
『今際の国のアリス(5巻)』のあらすじ

本編のあらすじ|ビーチで始まるハートの10「まじょがり」
突如、ビーチ内で新たなげぇむが始まります。
難易度は「ハートの10」。
内容は「まじょがり」です。
一階ロビーには、胸に包丁が突き刺さった女子高生の死体がありました。
げぇむのルールは、その少女の命を奪った「まじょ」を探し出し、篝火で火あぶりにすること。
言葉だけ見ると犯人探しのようにも思えますが、実際にはかなり悪質です。
なぜなら、ビーチには多くの人間がいて、全員が死への恐怖に追い詰められています。
冷静に話し合える状況ではありません。
しかも「誰かを火あぶりにしなければ自分が死ぬかもしれない」という条件があるため、人はどんどん疑心暗鬼になっていきます。
過激派であるアグニ一派は、手当たり次第にビーチの人間を殺していき、火あぶりにしていきます。
本来なら「まじょ」を見つけなければならないはずなのに、恐怖と暴力が先に立ち、犯人かどうかもわからない人間が次々と犠牲になっていくのです。
このあたりは、読んでいてかなり胸がざわつきます。
ビーチという場所が、もともと抱えていた歪みを一気に爆発させられた感じですね。
そんな混乱の中で、警視庁刑事部鑑識課の指紋鑑定官であるアンは、凶器の指紋を採取して科学的に犯人を特定しようと動きます。
暴力で押し切ろうとするアグニ一派とは違い、アンは冷静に証拠を見ようとします。
この対比が良いんですよ。
ビーチの中が恐怖で壊れていく中で、アンの冷静さはかなり頼もしく見えます。
さらに、関西弁でドレッドヘアのクイナもアンに協力します。
クイナは一見軽そうに見えるキャラクターですが、こういう場面でちゃんと動けるところが魅力です。
一方、ウサギはアリスを見つけ出すため、過激派の男たちと戦います。
ウサギはただ守られる存在ではなく、自分の足で動き、戦い、アリスのもとへ向かう人物として描かれています。
そして、アリスが監禁されている部屋を突き止めます。
そのころのアリスは、死が迫っているにもかかわらず、すべてを諦めかけていました。
カルベとチョータを失ったことで、心の中に大きな穴が空いている状態です。
「自分だけが生き残ってしまった」という罪悪感。
「もう頑張れない」という限界。
その両方が、アリスを押しつぶしているように見えます。
しかし、そんなアリスの心にカルベの言葉が響きます。
「オマエが忘れねえ限り、オレ達はずっと、オマエん中で生きてる・・!」
この言葉によって、アリスは少しずつ生きる気力を取り戻します。
5巻の大きな見どころは、ビーチの崩壊だけではありません。
アリスが、自分の中に残っている友人たちの存在に気づき、もう一度立ち上がろうとするところ。
ここが本当に熱いです。
特別編のあらすじ|ドードーが挑むハートの4「あんけぇと」

5巻には、本編とは別に特別編も収録されています。
これは、アリスがビーチに来た翌日からの4日間の出来事です。
主人公は、どこにでもいる中学生の堂道隼人。
通称ドードーです。
ドードーは初めて今際の国でのげぇむに参加します。
難易度は「ハートの4」。
内容は「あんけぇと」です。
参加者はリフトに乗り、最上階を目指します。
問題と、その問題に対するアンケート結果を参考にしながら、多数派か少数派かを選ぶというルールです。
多数派で正解すれば、リフトは1階上がります。
多数派で不正解なら、1階下がったうえに電流のペナルティ。
少数派で不正解なら、リフトが落下して一発でゲームオーバーです。
ルール自体はとてもシンプルです。
でも、シンプルだからこそ嫌らしい。
多数派を選び続ければ安全そうに見えますが、それだけではなかなか上へ進めません。
かといって少数派を選ぶのは、外した瞬間に終わりです。
「みんなはどう考えるのか」
「自分の直感を信じるべきか」
「安全策を取るべきか、それとも勝負に出るべきか」
そんな心理的な迷いを突いてくる、いかにもハートらしいげぇむです。
本編の「まじょがり」が集団心理の怖さを描くげぇむだとしたら、特別編の「あんけぇと」は選択の怖さをじわじわ見せてくるげぇむだと思います。
またしても、かなり過酷なげぇむが始まってしまうのです。
『今際の国のアリス(5巻)』の概要と感想

本編の感想|ビーチの楽園感が一気に壊れる
なんと、ビーチ内で次のげぇむが始まりました。
これによって、自動的にアリスのびざ期限切れによるゲームオーバーはなくなります。
何とも運が良い……とも思えますが、げぇむの難易度は「ハートの10」。
絵札を除けば、ビーチが唯一集められていなかったカードです。
これは偶然というより、主催者側の作為的なものを感じます。
しかも、会場はビーチの内部。
ビーチの住人たちは、外からげぇむに連れて行かれるのではなく、自分たちの居場所そのものをげぇむ会場にされてしまいます。
この設定が本当にきついです。
逃げ場だと思っていた場所が、突然処刑場のような空間に変わるわけですから。
そしてげぇむの内容は「まじょがり」。
本当にあった魔女狩りのように、群集心理をうまく突いたげぇむになっています。
少女の命を奪った「まじょ」を探し、篝火で火あぶりにする。
たったそれだけのルールなのに、恐怖が加わることで人間は一気に壊れていきます。
誰かを疑う。
誰かを差し出す。
自分が助かるために、他人を犠牲にする。
この流れが、あまりにも生々しいんですよね。
過激派のアグニ一派であるニラギは、ウサギを怪しい人物として仕立て上げ、恐怖による集団ヒステリーを作り上げます。
ウサギが本当に犯人かどうかよりも、「誰かを犯人にして安心したい」という空気が先に広がっていきます。
ここがハート系ゲームの恐ろしさです。
スペードのように体力で勝てばいいわけでもなく、ダイヤのように知力で突破すればいいわけでもありません。
ハートは、人の心の弱さや醜さを突いてきます。
チシヤが、人は中世から何も進歩していないというようなことをつぶやきますが、まさにその通りだなと思いました。
文明が進んでも、状況が極限まで追い詰められると、人は簡単に同調し、誰かを生贄にしようとしてしまう。
5巻の「まじょがり」は、その怖さをかなりストレートに見せてきます。
さらにアグニ一派は、手当たり次第にビーチの人間を殺していき、火あぶりにしていきます。
「犯人を探す」という建前は、もはや崩れています。
そこにあるのは、恐怖と暴力だけです。
ただ、そんな中でも暴力に頼らない解決策を見出す者もいます。
警視庁刑事部鑑識課の指紋鑑定官であるアンです。
アンは凶器の指紋を採取し、科学的に犯人を特定しようと動きます。
この場面、かなり好きです。
周囲がパニックになっている中で、冷静に証拠を見る。
「怖いから誰かを殺す」のではなく、「事実を確認してから判断する」。
当たり前のことのようですが、あの状況でそれができるのは本当に強いです。
関西弁のドレッド女、クイナもアンに協力します。
クイナは見た目のインパクトも強いですが、ただ派手なだけではありません。
状況を見て、自分が動くべきところで動ける人物です。
アンとクイナの動きがあることで、「まじょがり」はただの暴力展開ではなく、きちんと推理と行動の物語にもなっています。
アリスの再起が胸に刺さる
一方アリスは、視界を奪われた孤独の中で、死んでいったカルベやチョータに語りかけます。
アリスはずっと頑張ってきました。
でも、カルベとチョータがいない。
一緒に笑っていた友人たちは、もう隣にいない。
この事実が、アリスを深く傷つけています。
「自分だけが生き残ってしまった」という感覚は、読んでいて本当に苦しいです。
アリスは主人公だから何でも乗り越えられる、という単純な描き方ではありません。
むしろ、ちゃんと折れます。
ちゃんと弱くなります。
そこがアリスというキャラクターの人間らしさだと思います。
完全に心が壊れてしまっているようにも見えるアリスですが、そこで心の中のカルベが語りかけてきます。
「オマエがそんなツラしてこっちに来るなんざ、オレは絶対許さねえ。」
「オマエが忘れねえ限り、オレ達はずっと、オマエん中で生きてる・・!」
この言葉は、かなりしびれます。
死んだ仲間は戻ってきません。
それは変えられない現実です。
でも、アリスが彼らを忘れない限り、カルベやチョータの存在はアリスの中に残り続ける。
そう考えることで、アリスはただ「生き残ってしまった人」ではなく、「仲間の思いも背負って生きる人」になっていくのかなと思います。
そして気力を取り戻したアリスは、「オレは・・ここだ・・!!ここで生きてる!!」と叫びます。
このシーン、かなり熱いです。
ただ元気を取り戻したというより、アリスが自分の存在をもう一度つかみ直した感じがあります。
5巻はビーチの崩壊がメインのように見えますが、私としてはアリスの再起の巻でもあると思っています。
カルベとチョータを失った後のアリスが、どうやってもう一度前を向くのか。
そこを描いているからこそ、「まじょがり」の混乱の中でも物語の芯がブレていません。
「まじょがり」が怖い理由は犯人探しだけではない
「まじょがり」は、一見すると犯人を当てる推理ゲームのように見えます。
ですが、実際に怖いのはそこだけではありません。
一番怖いのは、正解にたどり着く前に人間の集団が壊れていくところです。
誰かが「こいつが怪しい」と言い出す。
周りも不安だから、その意見に乗る。
反対すると自分まで疑われるかもしれない。
だから黙る。
そして、空気だけで誰かが犠牲になる。
これ、現実にも通じる怖さがありますよね。
もちろん現実で火あぶりにするわけではありませんが、噂や決めつけ、集団の空気で誰かが追い詰められることはあります。
だからこそ、「まじょがり」はただの残酷なげぇむではなく、人間の弱さを描いたげぇむとして印象に残ります。
特にビーチは、もともと階級や派閥がある場所です。
ボーシヤの理想、アグニたち武闘派の力、チシヤの冷めた観察眼、アンの理性、クイナの行動力。
それぞれの立場があるからこそ、「まじょがり」によって誰がどう動くのかがよく見えます。
5巻を読むと、ビーチという場所がただの拠点ではなく、さまざまな人間の思惑が重なった危うい共同体だったことがわかります。
特別編「あんけぇと」の感想

多数派と少数派を選ぶだけなのに怖い
特別編は、アリスがビーチに来た翌日からの4日間の出来事です。
この物語の主人公は、どこにでもいる中学生の堂道隼人。
ドードーです。
このげぇむ「あんけぇと」が、またまたハートで嫌らしいんですよ。
基本的には、問題に正解してリフトで屋上を目指すものです。
そこには「主婦100人に聞きました」のようなアンケートが表示されます。
参加者はそのアンケート結果を参考に、答えを多数派か少数派か選びます。
多数派で正解すれば1階アップ。
多数派で不正解なら1階ダウンと電流のペナルティ。
少数派で不正解ならリフトが落下し、一発でゲームオーバー。
文字で見ると簡単そうですが、実際に自分がこの状況に置かれたら、かなり怖いと思います。
多数派を選べば比較的安全そうです。
でも、それだけではなかなか進めない。
しかも間違えば電流のペナルティがあります。
一方で、少数派を選んで当てれば大きく進める可能性があります。
ただし、外したら即終了。
この「安全に少しずつ進むか、危険を承知で一気に進むか」という選択が、ものすごく嫌らしいです。
しかもハートのげぇむなので、単なる知識問題ではありません。
アンケート結果を読むには、人の考え方を想像する必要があります。
「自分ならこう答える」ではなく、「多くの人ならどう答えるか」を考えなければなりません。
ここが難しいところです。
自分の常識と、世間の多数派が一致しているとは限りません。
逆に、少数派を狙うにしても、どこまで人の心理を読めるかが問われます。
こんなげぇむ、よく考えつくなと思います。
きっと作者は、囚人のジレンマのような心理ゲームや、人間の選択の揺れを描くのが本当に上手いのでしょうね。
ドードー視点だからこそ怖さが身近に感じる
特別編の良いところは、主人公が中学生のドードーであることです。
アリスやウサギたちは、すでに何度もげぇむを経験しています。
もちろん彼らも怖い思いをしていますが、読者としては「この世界で戦う人たち」として見ている部分もあります。
一方で、ドードーはかなり普通の少年です。
だからこそ、初めて今際の国のげぇむに巻き込まれたときの恐怖が、より身近に感じられます。
もし自分が突然この世界に来て、リフトの上で多数派か少数派を選ばなければならなくなったら。
そう考えると、かなり嫌ですよね。
しかも「あんけぇと」は、暴力で解決できるげぇむではありません。
知識だけでも足りません。
必要なのは、人の心理を読む力と、自分の選択に責任を持つ覚悟です。
ドードーの視点を通して、今際の国のげぇむがいかに理不尽で、いかに人の心を削るものなのかが伝わってきます。
本編の「まじょがり」と比べると規模は小さいかもしれません。
しかし、ハート系の嫌らしさという意味では「あんけぇと」もかなり印象に残るげぇむです。
5巻を読むときに注目したいポイント
1. ビーチは本当に安全な場所だったのか
5巻を読むと、ビーチが本当に安全な場所だったのか疑問に感じます。
たしかに、ビーチには人が集まり、食料や情報もあり、トランプを集めるという目標もありました。
しかし、その裏には支配構造や派閥、暴力による統制がありました。
「まじょがり」は、その歪みを一気に表面化させたげぇむだと思います。
もしビーチが本当に信頼でつながった場所なら、ここまで簡単に崩れなかったかもしれません。
でも実際には、恐怖をきっかけに人々は疑い合い、暴力に流されていきます。
このあたりを見ると、ビーチは楽園のように見えて、かなり危うい場所だったのだと感じます。
2. アンとクイナの動きが物語を引き締めている
5巻では、アンとクイナの存在感も大きいです。
アンは鑑識の知識を活かし、指紋から犯人を特定しようとします。
クイナはそんなアンに協力し、混乱の中でも冷静に動きます。
この2人がいることで、物語に「理性」と「行動力」が加わっています。
アグニ一派の暴力が目立つ巻だからこそ、アンとクイナの冷静な動きがより際立つんですよね。
特にアンは、今際の国のような異常な世界でも、現実で培った専門性を失っていません。
そこがかなりかっこいいです。
3. アリスの立ち直りは簡単ではない
アリスの再起は、5巻の大きな見どころです。
ただし、ここで大事なのは、アリスが急に完全復活するわけではないという点です。
カルベとチョータを失った悲しみは、そんなに簡単には消えません。
それでもアリスは、自分の中に残る2人の存在に支えられて、もう一度生きようとします。
この描き方が良いんですよ。
悲しみをなかったことにするのではなく、悲しみを抱えたまま進もうとする。
だからこそ、アリスの叫びに重みがあります。
『今際の国のアリス(5巻)』はどんな人におすすめ?
5巻は、ビーチ編の緊張感をじっくり味わいたい人におすすめです。
特に、ただのデスゲームではなく、人間心理や集団の怖さを描いた展開が好きな人にはかなり刺さると思います。
反対に、明るい展開や爽快なバトルだけを期待して読むと、少し重く感じるかもしれません。
「まじょがり」は残酷な描写もありますし、ビーチの住人たちが追い詰められていく様子もかなりしんどいです。
ただ、その重さがあるからこそ、アリスの再起やアンたちの冷静な行動が強く印象に残ります。
また、特別編「あんけぇと」は、心理戦が好きな人に向いています。
派手なアクションよりも、「自分ならどちらを選ぶか」と考えながら読むタイプのげぇむです。
5巻全体としては、ビーチ編の転換点であり、アリスがもう一度立ち上がるための重要な巻。
ここを読むと、6巻以降の展開もかなり気になってくるはずです。
まとめ|5巻はビーチ崩壊とアリス再起が同時に描かれる重要巻
『今際の国のアリス(5巻)』では、ビーチ内でハートの10「まじょがり」が始まります。
少女を殺した「まじょ」を探し、火あぶりにするというルールは、犯人探しでありながら、実際には人間の恐怖と同調心理をあぶり出すげぇむでした。
アグニ一派の暴走、ニラギの扇動、疑心暗鬼に飲まれていくビーチの住人たち。
その一方で、アンは科学的に犯人を特定しようとし、クイナも協力します。
混乱の中でも理性を手放さない人物がいるからこそ、物語に深みが出ています。
そして何より印象的なのは、アリスの再起です。
カルベとチョータを失い、心が折れかけていたアリスが、彼らの言葉を胸にもう一度立ち上がる。
この場面は、5巻の中でも特に心に残りました。
特別編「あんけぇと」も、ハートらしい心理戦が光る内容です。
多数派か少数派かを選ぶだけなのに、命がかかるとここまで怖くなるのかと感じさせられます。
『今際の国のアリス』5巻は、ビーチ編の崩壊が始まる巻であり、同時にアリスが「ここで生きる」と叫ぶ巻でもあります。
読んでいて苦しい場面も多いですが、そのぶん物語の熱量はかなり高いです。
ビーチ編の核心に触れていく重要巻なので、4巻まで読んだ方はぜひ続けて読んでみてください。
これから『今際の国のアリス』を読み返したい方や、配信先を確認したい方は、下記の記事も参考になると思います。
*本文中の画像は『今際の国のアリス』とは無関係です。



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